直江兼続のエピソード逸話動画

2009年のNHK大河ドラマは「天地人」。
戦国時代の大河ドラマ史上初めて、関ヶ原の戦いに敗れた側の武将が主人公である。

直江 兼続(なおえ かねつぐ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将で上杉氏の家老。

秀吉が兼続を「天下の政治を安心して任せられるのは、直江兼続など数人しかいない」と評したとされるほど、直江兼続は有能な武将だった。

直江兼続と独眼流正宗のエピソード
江戸城内で伊達政宗とすれ違った時、兼続は知らぬ顔で会釈をしなかった。
政宗が「陪臣の身で大名に会釈せぬとは無礼ではないか」と咎めると
「これはご無礼いたしました。これまで兼続は中納言様(政宗)とは戦場で相まみえる間柄だったゆえ、(戦に負けて逃げる)後姿しか拝見した事がなく、お顔を存じ上げませんでした」と丁寧に答えたという。

直江兼続と前田慶次
隆慶一郎の小説『一夢庵風流記』およびその関連作品においては、主人公・前田慶次郎の無二の親友として、物語上も重要な役割を果たす人物として登場する。

天下御免の傾奇者!前田慶次とは

前田慶次の晩年と直江兼続について

関ヶ原の戦いで西軍が敗れたことを知り自害しようとした直江兼続を前田慶次が止めて諌めたとされている。
〈戦国無双2より〉


また、こんな話もある。
あるとき、兼続の家臣(三宝寺勝蔵)が下人(五助)を無礼討ちした。
すると、その五助の遺族たちが兼続に「あれの粗相は何も無礼討ちにされるほどのものではなかった」と訴え出た。

兼続が調べてみると遺族の訴えの通りだったので、兼続は家臣に慰謝料を支払うように命じた。しかし遺族たちは下人を返せと言って譲らない。
兼続は「死人は生き返らないのだから、慰謝料で納得してくれないか」と言ったが、遺族たちはあくまでも下人を返せと言い張る。

すると兼続は「よしわかった。下人を返して取らそう。だが、あの世に遣いにやれる者がおらぬゆえ、すまぬがそのほうたちが行ってくれぬか?」と言って遺族3人の首をはね、その首を河原に晒した。
そして、その横に立て札を立て、そこに「この者どもを使いに出すから死人を返せ 慶長二年二月七日 直江山城守兼続判」と閻魔大王への嘆願書を書いたという。

天地人の直江兼続とはwiki画像
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